とりあえず今は猫とバレエ

飼い始めたばかりの猫ちゃんと、初心者すぎるクラシックバレエを中心に色々

味醂干しといえば

いつも心にじわじわと染み入るような、
読書で夜更かしした時のような充足感を感じるような、
そんなブログさんがあって、
そこで久しぶりに向田邦子の文章に触れました。

ああ懐かしい、と読み入って
気づくと目尻に涙が滲んでいた。

その昔、まだ家にいて、当たり前のように子供として過ごしていた時代に
父と、姉と、そろって
「父の詫び状」というドラマを観たことがある。
とても感動的な、いいドラマで
幼い私は、「いいねぇいいねぇ、いいドラマだねぇ」という父の言葉に
うんうん、全くだと感じ入っていた。

我が家には、当時ではまだ贅沢品だったビデオデッキがあったので
録画したものを、何度も何度もくり返し観ていた。
誰かが観ていると、他の家族が寄ってきて一緒に観る。

ドラマの最後の、父親からの手紙の最後の一文は今も覚えている。
正確には、私の父の声と共に覚えている。

父は、その一文がお気に入りで
にこやかに何度も言っていたのだ。




ある時、
テレビのニュースを観ながら父と母が

「ちょっと変わったいいドラマを書く人だったのに」
「あの人はドラマだけじゃなくて文章もとてもいいのに」

そんなことを語りながら、明らかに何かを惜しんでいた。

何だろうと私はテレビをのぞきこんで、
向田邦子さんという方が亡くなったということを知った。

例えば家族とか親戚とか近所の人とか、
身近な人以外の死を、父と母が残念がるという姿を見たのは初めてだったので
何だか不思議な気分だった。

テレビのニュースで知るような、有名人の死をいたむ…
そうか、そういうことがあるんだなぁ…。


それからずっとずっと後になって
私は少しは読書を好むようになって、そして向田邦子のエッセイ集も何冊か買って読んだ。


文章で触れる向田邦子の世界は
やはりとても面白くて、
読む頭の奥には、一家揃って観たドラマの風景が染み付いている。
そうだ、「いい」っていうのは
こういうことを言うんだったよね。

あの頃くり返しドラマを観たように
今度は本を、何度もくり返し読んだ。


で、味醂干しだ。

本の中に、向田邦子さんの、味醂干しに関するエッセイがあった。

(このエッセイの出だしの一文が、かなり素晴らしい)

このエッセイのおかげで、私はスーパーで味醂干しが買えなくなってしまった。
向田邦子さんが、本物の味醂干しを味わうのに
あれだけの苦労をされていたんだから
きっと、これもあれもそれも、本物の味からは程遠いに違いない、と
食べずともそれは確信に満ちたようなとこがあって
なんだか買う気がおこらない。


つまりは私は
味醂干しを見るたびに向田邦子さんのことを思い出しているのですね。
どころか、味醂干し、という言葉を見るだけで思い出している。

そして食べるたびに思い出している。
(こんな私でも、食べる機会はあるのです)


私は味醂干しと書いても泣きたくはならないけど
向田さんのように
色んな思い出がこみ上げてきて、
こういう気持ちはそうね、やっぱり「泣きたくなる」になるのかもしれないね。